2018年07月26日
何年か前、「神なんて信じない!いい人や信心深い人が早死にして、悪い人や神なんて信じないって人が長生きしたり。それっておかしいだろ。もし神がいるというなら説明してよ」とくってかかる勢いでそういった人がいました。
その時は相手を傷つけるような発言をしたわけでもないのに、なぜ突然私にそんな言い方をしたのかがわからず、怒りモードにびっくりしてしまったので考えたくもなく、「知らないわよ。私にいわれても困る。私は神様じゃないし。でも私はみえない力はあると思っているし神の存在も信じてる」とだけ答えたのでした。
後からその人は「神様の存在を信じたいんだよ。でもその理不尽さにイライラして納得させてもらいたかっただけ」と。
そうなのでしょうね。今ならその人の気持ちや感情の様子も理解できます。自分の心の不満や不安を他人にこんなにわかりやすくぶつける人、それまではみたことがなかったけれど。
そこからことあるごとになんとなくずっとその答え(神からの恩恵)を考えていたのですが、ここ最近、わかったような気がしました。
まず、寿命に関しては、信心深いかどうかはあまり関係ないんじゃないかと思います。いい人かどうかも。
死が必ずしも神の世界にとって悪いことではないと思うから。
で、信心深く生きることも素晴らしいとは思うのですが、信心深さよりも大切なのは、他者への思いやりや感謝の心、であって、神様を信じていなくても、日々、周りの人への気遣いができていたり、自分さえよければという自己中心的な考えを持たない人が、運や縁を引き寄せ、神に護られることになるんじゃないかなあって。
自分や家族の幸せの為に神に祈るだけでなく、全ての、少なくとも自分に関わる他者達(人以外の生き物も含めて)の為に祈ることを自然にできることが大切なんじゃないかなあと。
そういう人は日々の生活でも感謝や思いやりの心を持っているでしょうし、行動にもあらわれているかと思うから。
ここがキーポイント、になるような気がします。