スタッフの日々

心に寄り添う

2017年04月17日

思ったよりも重傷だったなる。

今日、整形外科専門医の診察を受け、そのまま手術になりました。

痛いね、なる。がんばれ。

 

道路に飛び出していったなるが悪いのですが、なるに怪我をさせた水色の軽自動車は一瞬止まり、そのまま行ってしまったのでした。

もし車を降りて「大丈夫?」って声をかけてくれたら素直に「いえ、こちらが悪いんです。車は大丈夫ですか?」っていえたのに。

そのときはとにかくなるのことが心配で行ってしまった車のことなんてどうも思わなかったのですが、落ち着いた今はすごく残念な気持ちです。

人としてね。

正論からいえば、「犬を放していたほうが悪い。飛び出した犬が悪い」です。

そんなことはわかりきっていること。

でもね、生き物を傷つけているのに気にせず行ってしまうなんて、人格をちょっと疑います。

こういう場合、犬はモノ扱いになるので、こちらは器物破損、相手の車が傷ついていたらその修理代とで、なるの治療費と過失バランスを考えながらどちらかが支払うまたは相殺という形になるかと思うのですが、もし、運転手の人がその場でなるを気遣ってくれたら、私はただただ謝罪するだろうに、と思うのです。

怖くなってしまったのか、急いでいたのか、治療費を請求されたら大変だと思ったのか、そっちが悪いんだから関係ないと思ったのか、動物の命なんてどうでもいい人なのか・・・

なんにせよ、やっぱり信じられない行動かな、私には。

この話を聞いて、「でもさ、飛び出した犬が悪いんだから仕方がないよ」「逆に修理代を請求されなくてよかったよ」といった人もいます。

正論ですね。

でも、こういう状況の人間に正論なんていらないんじゃないかなというのが正直な気持ち。勝手ないいぐさですけれど。

自分の大切な犬が大怪我をして、それを見るだけで胸が潰れるくらい苦しくて、あのときもっと早く繋いでいればよかったと自責して。

そんな正論、子供じゃないのだからわかっているって。それを普通に言葉に出すってなんて無神経な人なのかしら、って。その言葉でさらに苦しくなるのがわからないのかな。

20代くらいまでであればそういうコメントをしてしまうのもなんとなくわかるのです。若い頃って正しいことを口に出すことが当たり前だったりするから。それが年を重ねるごとにいろんなことで傷ついたり苦しんだりする経験を通して、その時々の相手の心情を思いやることができるようになるのだから。

なんて。

以前は私もよくいっていたかも、正論。

馬鹿でしたね。ホントに。

相手の気持ちに寄り添う。

これが少しわかっただけでもよかったなあと思います、今は。

 

 

 

 

 

 

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