スタッフの日々

朝のニュース

2010年10月26日

「6年生の女の子が自殺したんだって」

今朝、テレビを見ながら出かける準備をしていた娘がキッチンにいた私に話しかけてきました。

そんなことしたらみんな悲しむよね、とサラっと答えながら、ちょっとドッキリ。

同じ年の娘はどう思ったのかな。大人が聞くのとは別の重さがある事件。心配になりました。

 

同じ年の娘を持ち、そしてそのお母さんと同じ年の私は、まるで自分の周りで起こったかのように心が沈みました。

お母さんにプレゼントしようと編んでいたマフラーで首をつっていたのをお母さんが発見したんですって。

人生でこれ以上のショックってある?

両親は学校に10回以上も出向き、いじめについて相談していたそう。

それでも起こってしまった。

どういう対応だったんだろう?

「本人に確認したらいじめられていないといった」学校がそうコメントしたみたい。

いじめられていますか?と聞かれて、はい、と答えられるくらいなら、そんなに深刻な形にはならないです。いじめを肯定することもできないくらい怖かったのかもしれない、辛かったのかもしれない。

いじめたほうに聞いてももちろん肯定するわけがない。いじめる子はひとりじゃなんにもできないくせに、集団になると途端に気が大きくなるし、遊び半分でやっているから罪悪感も少ない。

いじめる子の親も自分の子供の行動を正当化する人、多いですよね。

娘の学校にもいましたよ。体が大きくて、小さい子を持ち上げて落としてみたり、弱い子をいじめたり。その親は他人の子供には厳しいくせに「うちの子は正義感が強いから」だって。なんにもわかっちゃいない。笑っちゃうよね。

まあ、その親も大人になっても巧妙なやり方で他のお母さんをいじめていましたが。子は親の鑑だとつくづく思いました。

私はそのいじめられたお母さんをかばってその親にいじめられましたよ。仕方がない、馬鹿は相手にしないの。

いじめ問題は家庭に根源があると思っています。↑の親のようにね。

だけど、子供たちを教育する学校というもの、そこに携わる教師というものは、そういった心の問題もきちんと取り組むべきものであると思う。

今回の女の子の学校(クラスかも?)では秋から好きな人同士で給食を食べていいよ、ということになったそうですが、いじめられている子にとってはその時間は地獄。独りぼっちを実感しながらご飯を食べなきゃならないんです。

親は学校に相談しに行っていたくらいだから、少なくとも友達と上手くいっていなかったことぐらいは想像できたはず。それなのにこのシステムにするのはありえない。

いじめる子供をどうすることもできないのなら、せめてそういう時間が公的にはなくなるように考えてあげるのが教師ですよね。

 

自分の命より大切な娘を返してよ、って叫んでいると思う。

悲しくてせつない事件。

kei

 

 

 

 

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