スタッフの日々

去る者は追わず来る者は選択

2019年08月29日

子供の頃からの私の信条は「去る者は追わず来る者は選択」。

だって、去りたい人を追いかけても仕方ないでしょ。去りたいってことは私のことがいらないってことですものねえ。

恋愛では今のところ「去る者」を経験したことはないのですが、人間関係では一度だけあります。

「あなたは全く悪くないのはわかっているけれど」といわれつつ、その人を取り巻く環境に嫌気がさした事件が起こり、そこにいる人達と私が近しい存在であったことも、そこで起こった出来事に対して「ひとこと言ってくれればよかったのに」と言った私の言葉にも、どうにも許せないという感情が生まれてしまったのだと思います。

そんなつもりではないことは一応話したのですが、でも、そう思ってしまったのであれば仕方がないです。

私という人間を知っていたはずですし、どんな意味でその言葉を言ったかもわかってはいたはずなのに、それでももうその人達と繋がっていること自体が嫌だったのでしょうから、はい、どうぞ、って思いました。

でも、私自身はその人に色々な場面で助けてもらいましたし支えてももらったので、「感謝」しているという事実は変わらないですし、一度受けた恩は絶対に忘れない性格なので、その人にもし何かがあったらすぐに駆けつけようと思いましたし、また繋がることもあるだろう、くらいに思っていました。

1年よりもう少し、2年はかからなかったかと思います。何がきっかけかも忘れましたが、いつの間にかまた連絡を取り合うように。

きっとその時の傷も癒えたのでしょう。

前よりもフランクな関係になったような気もします。

もし、本当にご縁のある関係であれば、そして相手への心からの感謝があれば、いつかはきっとまた繋がるのだと思います。

一見、社交的にみえる私ですが、心から信頼している人は数えるほどで、面倒だと思うとサーッとフェイドアウトしてしまうので、去られるより去るのが得意。

だからその人のように恩義を感じていない限りは「ややこしい人はいらない」です。

そんな私なので、よくしてもらった相手に砂をかけるような言動をする非礼な人は「自分の周りに存在させておきたくない」です。

さっさと「去ればいい」のです。

見えない存在にしちゃえばいいのです。

ここ数年で「見えない存在」にしたのは2人。人生でも数人。フェイドアウトではなく、ガッツリ。LINEもスルー。恨まれても構いません。だって相手はそれだけのことをした(と私は思っている)のですから。 

今までの人生で(自分に関係がなくても)周りに起こってきた「非礼な人達」を思い出してみると、ほとんどが淘汰されています。きっと居場所(友人関係)を転々と変えているのでしょうね。

関わるだけ時間の無駄。腹を立てるだけ損。

悪口だろうが嘘だろうが言わせておけばいいのです。

こちらは黙っていても、そのうちに皆が知ることとなります。

大丈夫です。

真っ当に生きていけばいいのです。

何も怖いことはないです。ちゃんと真摯に生きていたのであれば。

 

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