スタッフの日々
マチネの終わりに
2019年07月16日
平野啓一郎「マチネの終わりに」を読みました。
平野啓一郎、初めて読んだのですが、江國香織みたいな印象。
美しいのです、文章が。
音楽や歴史などの描写、こだわり方は男性的なのですが、ヒロインの気持ちの流れや感覚の部分はものすごくわかりやすくその通りだったので、誰が書いたのかを見ないまま本を買って読みだした私は、途中まで女性かと思っていたくらい。
少し前に犬仲間達と食事をしていて本の話になりました。
ひとりは「東野圭吾」「村上春樹」が好き、といい、もうひとりは「東野圭吾の○○(忘れてしまいました 笑)がよかったー。そして村上春樹、私も好き。」
実は私はどちらもあまり得意ではなくて。
村上春樹は全文章に漂うスノッブ感がどうしてもなじめなくて、東野圭吾は文章が流れていないのがダメ。
その話を娘にすると、「わかるー。村上春樹はかっこいいでしょ、っていってる感じが嫌だ。東野圭吾は内容は面白いんだけど、プロットを読んでいるみたいでつまらないんだよねー。文章が美しくないんだよ。」
やっぱりそう思う?!
東野圭吾の文章って色気がないのです。
本って内容の面白さだけじゃなくて、言葉や表現の仕方が私と娘にはとっても大事。
雲ひとつでもこんな比喩で表現するのか!ってうきうきするような色気がないと。
正直いって「マチネの終わりに」は七面倒臭い部分(音楽のことや歴史)が色々あって読み飛ばしちゃったりもしたのですが、そして内容は大きな衝撃も感動もそれほどないようなものなのですが、なんとなく私自身と重なる部分があって(まあ、みんなそれぞれあるでしょうけれど)静かに胸が痛くなりました。
「マチネの終わりに」は映画になるそうです。
主役の2人よりも三谷さんが誰なのかなーって興味津々。